こんにちは、風馬(ふうま)です。
現役で病院薬剤師をしています。
先日「認知症と診断された時、知っておきたい基礎知識」を解説しました。
>参考記事:家族が「認知症」と分かった時に読む記事【薬剤師監修】
今回の記事では “認知症の基礎知識がある人” 向けに『日本で使える認知症の治療薬(全4種類)』を説明します。
つまり、こんな疑問に答えます。
それぞれの特徴や、注意すべきポイントを知りたい。
[参考にした本は、以下の2冊]
『レシピプラス Vol.16 No.4
要点ガッチリ!「認知症高齢者」対応力』
↑薬剤師向けの雑誌です。
知識ゼロから読むのは、少し厳しいのでご注意を。
『薬局ですぐに役立つ 薬の比較と使い分け100』
↑認知症の薬についての、4ページほどを参照しました。
なので、個人の状態によって合う薬を選べればOK!
(※薬選びは、主治医とよく相談して下さいね。)
認知症の薬は、どんな効果がある?
- メインの効果は、認知症の「悪化を遅らせる」こと。
- 本人・家族が実感できる、認知症の「症状の改善」効果もある。
メインの効果は「悪化を遅らせること」
認知症の薬は、全て「進行を抑える」薬です。
つまり、根本的に治す薬は存在しないんですね。
(認知症になった脳は、元通りに復元できないので。)
だから、認知症の薬の効果は「症状が変わらない・悪化しない」こと。
くらいが丁度いいんですね。
とはいえ、薬を飲み始めた頃には症状が良くなることもあります。
本人・家族が実感できる「症状の改善」効果もある
患者本人が実感できる効果
- 頭がスッキリする(モヤモヤ・頭痛が減る)
- 意欲が出る(ポジティブ・明るくなる)
- 失敗(計算ミスなど)・他人から注意されることが減る
家族・介護者が実感できる効果
- イライラがなくなり、表情が明るくなる
- 落ち着く(混乱するのが減る)
- 周りの変化に気づくようになる
- 挨拶、新聞・テレビを見る、家事・庭いじりをするようになる
- 会話が増える
- 置き忘れ・しまい忘れが減る
まとめると、
《”認知症になる以前にしていた行動” をするようになり、活動的になる。》
という感じですね。
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認知症の分類と、使える薬
こちらの記事(家族が「認知症」と分かった時に読む記事【薬剤師監修】)で、認知症は以下の4種類あると紹介しました。
- アルツハイマー型
- レビー小体型
- 脳血管性
- 前頭側頭型
本記事では「アルツハイマー型」「レビー小体型」の薬について解説します。
※「脳血管性」は原因になった脳卒中・心血管疾患の治療が主ですし、「前頭側頭型」は珍しいので割愛します。
アルツハイマー型に使える薬(4種類)
アルツハイマー型に使える薬を、まずは名前だけ列挙してみます。
(それぞれ詳しくは後述します。)
[病気についておさらい]
アルツハイマー型の認知症の原因は、次の2つ。
- ある神経(コリン作動性神経)の働きが減る。
- 別の神経(グルタミン酸神経)の働きが増えすぎる。
アルツハイマー型に使える薬のジャンルは2つだけです。
- 『コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬』
→コリン作動性神経の働きを増やす。 - 『NMDA受容体拮抗薬』
→グルタミン酸神経(に存在する、NMDA受容体)の働きを抑える。
『コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬』の具体的な薬は、以下の3種類。
- ドネペジル(商品名:アリセプト)
- ガランタミン(商品名:レミニール)
- リバスチグミン(商品名:リバスタッチ・イクセロン)
『NMDA受容体拮抗薬』は1種類だけ。
- メマンチン(商品名:メマリー)
アルツハイマー型の重症度と、薬の使い分け
重症度によって使える薬が違ってきます。
『コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬』。
- ドネペジル(商品名:アリセプト)
→軽症〜重症までOK!(どんなときでも使える。) - ガランタミン(商品名:レミニール)
→軽症〜中等度まで。(重症はNG) - リバスチグミン(商品名:リバスタッチ・イクセロン)
→軽症〜中等度まで。(重症はNG)
『NMDA受容体拮抗薬』
- メマンチン(商品名:メマリー)
→中等度〜重症。(軽症はNG)
実際の使い分け例は、こんな感じ。
- 軽 症:ドネペジルで治療開始。
- 中等度:治療開始なら、ドネペジルorメマンチンを選択。(※1,2)
ドネペジルで治療中なら、メマンチンを追加。 - 重 症:ドネペジル・メマンチンを併用
(※1)「興奮・攻撃性をやわらげる効果」を狙いたいときは、メマンチンを選択する。
(※2)薬を飲み始めた頃の副作用として、ドネペジルは “下痢・吐き気” メマンチンは “めまい” が出やすい。(確率は1〜5%くらい)
なので、もともと「お腹が弱い人→メマンチン」「耳鳴り・めまいがある人→ドネペジル」と、持病の悪化や体質の弱いところを突かないように選択してもOK。
↑これらの副作用は、薬を飲み続けていけば収まることがほとんどなので「絶対そうするべき!」というわけではありませんが。
レビー小体型に使える薬(1種類)
レビー小体型に使える薬は『コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬』の
- ドネペジル(商品名:アリセプト)
1種類だけです。
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『コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬』とは?
- メカニズム:「神経の伝達を活発にする」
- 全部で3種類(ドネペジル・ガランタミン・リバスチグミン)
- 副作用を防ぐために、少しの量から飲み始める
認知症に効くメカニズム→「神経の伝達を活発にする」
脳で記憶を作るのに必要な物質として「アセチルコリン(ACh)」があります。
アルツハイマー型で記憶に障害が出るのは「AChの減少」が原因です。
また、体にはChEという、AChを分解する道具(酵素)があります。
『ChE阻害薬』は、ChEを邪魔してAChの量を増やす薬です。
AChが増えると脳のコリン作動性神経の情報伝達が活発になるので、認知症の症状が改善します。
- コリンエステラーゼ(ChE)を邪魔して、
- アセチルコリン(ACh)の分解を防ぐことで、
- コリン作動性神経の伝達シグナルを増やす。
- 結果、記憶を作る能力が高まり、認知症の症状が改善する。
全部で3種類(ドネペジル・ガランタミン・リバスチグミン)ある
- ドネペジル(商品名:アリセプト)
- ガランタミン(商品名:レミニール)
- リバスチグミン(商品名:リバスタッチ・イクセロン)
ドネペジル(商品名:アリセプト)
ドネペジルの特徴は、以下の通り。
- アルツハイマー型の全てのステージで使える(軽症〜重症までOK)
- レビー小体型に使える、唯一の薬
- 1日1回でOK
- 治療効果のある量まで増やす期間が2週間と短い(他の薬は4週間以上かかる)
- 他の薬との飲み合わせは、若干注意が必要(詳しくは薬剤師に相談して下さい)
『ドネペジルの増量方法』※アルツハイマー型
体を薬に慣らす(吐き気などの副作用を防止する)ために、少しの量から増やしていきます。
具体的は
- 3mgで開始し、1-2週間で5mgへ増やす
- 軽症〜中等度:5mgで維持
- 重症なら:5mgで4週間使った後、10mgまで増やせる
という感じ。
※腎臓が悪い場合は、ずっと3mgで継続することもあります。
※レビー小体型の場合
重症度によらず、5mgで4週間継続→10mgに増やす。
その後、症状によって5mgに減らしてもOK
ガランタミン(商品名:レミニール)
ガランタミンの特徴は、以下の通り。
- アルツハイマー型の軽症〜中等症に使える
(特に攻撃性が出やすい人に使いやすい) - 1日2回(朝・夕)飲む必要がある
- 他の薬との飲み合わせは、若干注意が必要(詳しくは薬剤師に相談して下さい)
『ガランタミンが攻撃性のある人に使いやすい理由』
ガランタミンはChE阻害によるACh増加に加えて、AChの神経伝達を強くする効果もあります。
その結果、ACh以外の色々な脳内伝達物質も増やすことが可能。
- グルタミン酸:学習・記憶障害
- セロトニン:感情障害
- γ-アミノ酪酸(GABA):行動障害
- ドパミン:習慣的学習・記憶
- ノルアドレナリン:覚醒度・注意力・学習
このように、ガランタミンは総合的に働いて静穏的な効果が期待できます。
なので、攻撃性が出やすい患者に使いやすいんですね。
攻撃性などのBPSD(認知症の周辺症状)については、BPSD(認知症の周辺症状)の治療法を、薬剤師が分かりやすく解説も参考にしてみて下さい。
『ガランタミンの増量方法』
- 飲み始めは、1回4mgを1日2回
(↑体に薬を慣らすための量) - 4週後に1回8mgへ増量する
(↑1回8mgが治療効果のある量)
※腎臓が悪い場合は、ずっと4mgで継続することも。
※症状によって、最大で12mgまで増量可能。
リバスチグミン(商品名:リバスタッチ・イクセロン)
リバスチグミンの特徴は、以下の通り。
- アルツハイマー型の軽症〜中等症に使える
- 1日1回の貼り薬
- 薬の飲み合わせの心配が少ない
- 介護者が目で見て、使用状況を確認できる
- 飲み込む力が落ちたり、薬を飲むのを拒否する患者にも使いやすい
- 副作用が出ても、薬を剥がせばOK
リバスチグミンは認知症に使える唯一の貼り薬なので、飲み薬が選べない時にはメリットが大きいです。
でも、貼り薬なので皮膚トラブルには要注意。
[例:赤くなる・かゆみ・むくみ・皮膚のはがれ]
皮膚トラブルを起こさないための工夫は、以下の通り。
- 入浴前に薬をゆっくり剥がし、粘着剤が残らないように石鹸を泡立てて優しく洗う
- 新しい薬は、毎回場所をずらして貼る
- 今後貼る予定の場所全体(背中など)に、保湿剤(ヒルドイドなど)を塗る
使用済みの薬は剥がすこと!
同時に2枚以上貼りっぱなしだと、薬の量が多くなり過ぎるのでとても危険。
『リバスチグミンの増量方法』
- 使い始めは1枚4.5mgから開始
- 4週間ごとに、9mg→13.5mg→18mg(治療効果のある量)へと増やす
※副作用の心配が少ない場合は、9mg→18mgと2段階で増やしてもOK
※心疾患・消化性潰瘍・けいれん性疾患(てんかん等)・気管支喘息の人には、4段階で増量すべき
副作用を防ぐための使い方:「少ない量から飲み始める」
ChE阻害薬の効果によって増えるアセチルコリン(ACh)は、「脳の情報を伝える」だけでなく「胃腸を活発にする」役割もあります。
なのでChE阻害薬の「認知症に治療効果のある量」を最初から飲み始めたら、胃腸に副作用が出てしまいます。
『胃腸の副作用の例』
- 吐き気
- 下痢
- 胃のむかつき・胃痛
- 食欲が減る
これらのことが分かっているので、ChE阻害薬は3種類とも「副作用を防ぐ(体に薬を慣らす)ため」に少量から飲みはじめて、だんだん増やしていくような使い方をします。
『胃腸の副作用への対処法』
- 吐き気→吐き気止めの薬
- 下痢→下痢止めの薬
このように、症状を抑える薬を使います。
例)胃腸が活発になりすぎて吐き気が出ている場合
→消化管運動改善薬のドンペリドン(商品名:ナウゼリン)
とはいえ、これらの副作用症状は飲み始めてから2週ほどで消えるのがほとんどなので、軽症なら経過観察でもOK。
もし症状が強ければ
- 食事の直後に飲む
- 胃の粘膜を保護する(胃薬・牛乳など)
という対処法もあります。
これらの工夫をして、せっかく飲み始めたChE阻害薬を副作用のせいで中断しないようにしていきたいですね。
『NMDA受容体拮抗薬』とは?
- メカニズム:「記憶シグナルのノイズを減らす」
- 1種類(メマンチン)のみ
- 副作用を防ぐために、少しの量から飲み始める
認知症に効くメカニズム→「記憶シグナルのノイズを減らす」
アルツハイマー型認知症の原因の1つに「グルタミン酸神経系の働きが増えすぎる」ことがあると、冒頭で説明しました。
これをより具体的に言えば、神経細胞にあるスイッチ(NMDA受容体)が働き過ぎている状態です。。
その結果、テレビの砂嵐のような電気信号(シナプティックノイズ)が生まれ、このノイズが記憶障害の原因になります。
『NMDA受容体拮抗薬』は、
- スイッチ(NMDA受容体)の働きすぎを抑えて、
- ノイズを減らす(グルタミン酸神経系の働きを弱める)ことで、
- 記憶障害を改善します。
『NMDA受容体』は記憶を作る時に働くスイッチです。
アルツハイマー型認知症の人は、このスイッチがずっと働いていて、ずっとノイズ(シナプティックノイズ)がある状態になっています。
その結果正常な記憶のシグナルがノイズに隠れてしまい、記憶・学習に障害が出るんですね。
『NMDA受容体拮抗薬』は
- ノイズを解消するが、
- 正常シグナルは邪魔しない。
という良いバランスでNMDA受容体の働きを抑えるので、記憶・学習の障害が改善します。
薬のせいで記憶できなくはならないので、安心して下さい。
1種類(メマンチン)だけ
NMDA受容体の薬は、メマンチン(商品名:メマリー)1種類のみです。
特徴は以下の通り。
- アルツハイマー型の中等度〜重症に使える
- 1日1回でOK
- 起きやすい副作用は「めまい」「ボーッとする(眠気)」
- 飲み合わせの心配は少ない
『メマンチンの増量方法』
- 1回5mgから飲みはじめて、1週間おきに10mg→15mg→20mgと増やしていく。
- 20mgが、認知症に効果がある量。
※腎臓が悪い人は、10mgまで増やせば十分です。
(腎臓が悪いと「メマンチンを体の外に捨てる能力」が低いので、10mgでも認知症に十分効果がある。)
飲み始めに起きやすい副作用は、以下の2つです。
- めまい
↑フワフワしてふらつく(浮動性のめまい) - ボーッとする(眠気)
起きやすい副作用「めまい」「ボーッとする(眠気)」への対処法
- メマンチンを減量する
- 水分補給
- 朝食後→夕食後に変える
まず考えられるのは、何らかの原因で腎臓がダメージを受けた可能性です。
腎臓の処理能力が落ちてメマンチンが体内に蓄積されたのが原因なら、メマンチンの量を減らすのが一番。
『減量の判断基準』
- 立つ・歩くのに問題がある
- 起こしても起きない(起きてもまた寝てしまう)
- 診察中・食事中・入浴中も寝てしまう
また、脱水が原因で
- メマンチンの血中濃度が上がる
- 腎臓の処理能力が落ちる
が起きていることもあるので、水分補給も有効です。
認知症だと
- 喉が渇いていても、うまく伝えられない
- そもそも、「喉が渇いた」と感知できない
場合が多く、脱水になっていることに気づきにくい状況です。
この他に、飲むタイミングを夕食後に変えるのも有効な方法です。
コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬との併用
ChE阻害薬で治療効果が不十分な場合、NMDA受容体阻害薬を上乗せして使うことができます。(併用療法)
併用療法は、それぞれの薬が副作用のせいで最大量まで使えない場合にも有用です。
- NMDA受容体阻害薬(メマンチン)
- ChE阻害薬(ドネペジル or ガランタミン or リバスチグミン)
の組み合わせは、全く違うタイプの薬同士なので併用が可能ですが、ChE阻害薬同士を併用するのは絶対にNGです。
認知症の薬のやめ時
薬のやめ時としては、以下の場合があります。
- 全身状態が著しく悪い時
- 副作用が問題になった時
※自分で勝手に判断して薬を中止すると、一気に認知症が進むことがあるので必ず主治医と相談すること。
全身状態が著しく悪くなった時(最高度認知機能障害時)
認知症の薬を中止するタイミングは「最高度認知機能障害時」です。
分かりやすく言うと、こんな状態のこと。
- 意思疎通できない
- 寝たきり
- 嚥下障害があり、鼻チューブなどで栄養補給をしている
副作用が問題になった時
また、特に状態が悪くなくても
- 胃腸の副作用が強い
- 心電図に異常がある
という場合は、薬の中止を考えるタイミングですね。
急に薬を中止すると、大変な状態(悪性症候群・せん妄)になることがあるので、徐々に薬の量を減らしていきます。
徐々に量を調節していくのは、飲み始めるときと同じですね。
【注意】薬を中止すると、認知症が一気に進むことがある
冒頭で、認知症の薬は「悪化を遅らせるだけ」で「治癒するわけではない」と強調しました。
一方で、軽症の頃から薬を飲み始めたら、症状が一時的に改善するのも事実です。(グラフの赤)
その時の経験から、「薬を使っていれば今まで通りでいられる!」と期待してしまうのも無理はないでしょう。
でも、薬を使い始めて1〜2年すれば無治療(グラフ緑)と同じ速さで悪化し始めるのが、今の治療薬の限界です。
その時に「薬なんて意味ない…」と思って中止すると、一気に無治療のレベルまで悪化する危険があります。(グラフ青)
※2週間以上中断→症状が著しく悪化
※3週間以上中断→薬を辞める前の状態に戻れなくなる
自分たちで勝手に判断せず、必ず主治医と相談するようにしましょう。
まとめ
以上、今回の記事では認知症の治療薬全4種類を解説しました。
この記事では解説しきれなかった「認知症のこと」「BPSDのこと」は以下の記事で詳しく説明しているので、参考にして下さい。
「認知症と診断された時、知っておきたい基礎知識」を解説した記事
→家族が「認知症」と分かった時に読む記事【薬剤師監修】
「BPSDの対応・治療」についてまとめた記事
→BPSD(認知症の周辺症状)の治療法を、薬剤師が分かりやすく解説
[この記事で参考にした2冊]
『レシピプラス Vol.16 No.4
要点ガッチリ!「認知症高齢者」対応力』
『薬局ですぐに役立つ 薬の比較と使い分け100』
この記事が、より良い認知症治療に役立てば幸いです。